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「お話、上手くまとまると良いわね」
「まとまらせるわ」
つんと顎を引いて、澄まして言いつつ、幸子と小母は顔を見合わせ、笑った。
小母は母方のきょうだい筋の人だ。
終戦間もない、東京は山の手の一角にある、夫や子供が戦地に向かい、ひとりきりになった家で一人暮らしていた中へ、居候の形で入ったのは幸子だ。
本当は、疎開をするよう説得をしに来たのだが、小母は聞き届けなかった。
休暇で、夫が、子供が帰ってくる。帰る先がよその土地だと可愛そうだ。それに、この家を守るのは私だけだから、と、小さい背筋をぴんと伸ばして言った。
説得するつもりが、そのまま居着いて何年になるだろう。
戦中、二人は肩を寄せ合い、戦火をしのいだ。混乱を理由にして実家へ連絡を絶ってもうかなり経つ。
家族はまさか死んではいないだろうが、反対に彼らの方から自分が死んだと思われているかもしれない。
それも――いいだろう。今更だし。
幸子はもくもくと箸を動かす。
伯母は呑気に今日の天気のこと、配給のこと、天気のことを繰り返してしゃべっている。他愛無いおしゃべりは好きだ。難しいことを考えなくてすむ。私のことを――話さなくてすむだけでもありがたい。
「ごちそうさま」
手を合わせる。
そして、その足で後ろの仏壇に手を合わせた。ろうそくも線香もとても貴重だったから、灯したつもりで拝んだ。
幸いなことに、小母の男家族は敗戦を生き延びた。消息を伝える手紙には戻れない状況が綴られていた。引き上げを待つ彼女はやきもきしているだろうけど、そんな様子はおくびにも出さない。
小母の家族が帰ってきたらどうしよう、私はここにいられない。
「いつまでも、気の済むまでいらっしゃいな」出て行くと言い出したら小母のことだ、きっと呑気に引き留めるに決まってる。彼女の善意はありがたい。でも――他の家族に混じって、家族でもない私が居座り続けるのは――辛い。
実家や郷里には帰りたくない。
女ひとりで生きていく為に必要なのは仕事だ。
手っ取り早く女特有の仕事をする気はない。外出先できれいに着飾る、羽振りの良い格好をした彼女達と同列に立ちたくない。
私は。
他の女性が成し遂げられないことをしてやるんだから。
「じゃ、おばさん。行ってくるわね」
「気をつけて。さっちゃんなら大丈夫」
呑気に手を振る小母に見送られ、野原幸子は一路、白鳳大学へ歩を進めた。
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