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第一、元婚家はしたたかで、親が用意してくれた家財道具をちゃっかり手中に収め、縁起が悪いからという理由で二束三文で売り払ったと言った。その売り上げ(本当に売ったかどうか微妙だが)すら、幸子達に渡さなかった、迷惑料だと思えば安いものだろう、と言って。
ほとほと、自分の人の見る目のなさに嫌気が差すできごとだった。
同じ間違いは繰り返さない。
男は信じない。
二度と人は好きにならないし、誰の元にも嫁がない。
女が自立して生きていく為には稼がないと。
がんばらきゃ。
自然、身体は力む。
向かった先、大学の待合室で背筋を逃した彼女はかちこちに固まっていた。
取り次ぎの事務員がちらりとこちらを見る。男の目が行く先はわかりやすい。彼女の口元と胸だ。
幸子は友達から良く言われていた。口絵にでも塗ったの? と問われる紅い唇。分けて欲しいわ、と乞われる胸。つまり女性的な部分で大変人の目を集めやすいというのだ。
大きなお世話だ、と幸子は思う。
誰も好き好んでこの顔と身体になったわけじゃない。しかも、チビ。顔は地味だと言われる。けれど胸ばかり大きく、しかも腰が細く、おしりが大きい。まるで蜂のような体型をしている。自分でも嫌な胸がさらに目立ってしまう。
いい迷惑なのよ。
男がみんな彼女個人ではなく胸を見ているようで不愉快だった。
天下の名門、白鳳大学とは言っても、勤めている人皆が人格者じゃないのだわ。なら、見ればいいじゃないの。存分に。好きなだけ。
つん、と顎をそびやかし、胸を張ると、さらに隆起した乳房は形良く立つ。
男はここに来て彼女の意図を悟り、さっと目をあらぬ方へ向けた。
もう、遅いわ!
靴音を立てて歩いて向かった先は、小父が紹介してくれた教授の研究室だった。
彼女の来訪を告げる声に、短く「入れ」と応えがある。
開かれた扉を抜けて行く際、男の脇を通った。
もし、私がこの学校へ入れて、あなたに再会したら、今より近くには寄せ付けないんだから。
ちらりとも見ず、「失礼します」と言って、彼女は自ら扉を閉めた。
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