第24話

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 速人が声を掛けようとした瞬間だった。一人の男が懐から大きなナイフを取り出して相対する男の首に向かって無造作にそれを振った。それを受けた男は何が何だか分からないといった表情で首筋を押さえた。両手の間から噴水のように赤い血液が飛び散り、ゴボゴボと声に鳴らない音をたてながら男はゆっくりと地面に膝を下ろす。その男の仲間らしい男はそれをみて驚愕の表情をし、慌てて逃げようとしたが足がもつれてその場で倒れ込んだ。ナイフの男はその哀れな男の頭を片手で掴み、まるでゴミでも捨てるように近くの木に向かって投げ飛ばした。木に打ち付けられそのまま動かない男に近付き、髪の毛を引っ張って首筋を露わにすると、一文字に喉を切り裂いた。緑の草の上に真っ赤な血が飛び散る。  速人はその場で足を止めた。見ているものが信じられなかったが、紛れもなく現実だとわかっていた。今、目の前で二人の人間が無残に喉を切り裂かれた。そしてそれをやった男は自分から十メートルも離れていない。  ナイフの男は満足げに笑みを漏らすと、ゆっくりと立ち上がり速人の方を見た。見知らぬ顔だった。目を見た瞬間、こいつはヤバいと確信する。出来ることなら一生関わりたくなかった。 「おや、もう一匹、獲物がいたか」  人を殺したところを見られたという焦燥感のようなものは全くその声からは感じられなかった。  戦うか、逃げるか。速人は即座に判断した。たかだかナイフを一本持ってるだけの男が一人だ。取り押さえるのは造作もないだろう。男はゆっくりと速人に向かって歩いてくるようだった。一つ息を吐き、つま先立ちして攻撃に備える。振ってきたナイフをかわして体勢が崩れたところを狙おう。  速人がそう考えた時だった。まだ充分、男との距離はあったはずだが一瞬にして目の前にナイフが現れる。まるで瞬間移動したかのような動きだったが、かろうじて首だけを後方に背けその一撃をかわす。あまりの早さに上半身のバランスが崩れ倒れそうになるが、無理矢理体勢を戻しバックステップして一旦、距離を置いた。  男は笑みを浮かべながら悠然とその場に立っている。その表情はまるで蠅か何かを叩こうとして外した時のそれと同じようだった。  まるで空間を削り取ったかのように瞬時に目の前に現れたのだが、速人はその動きをしっかりと見ていた。何のトリックもない。ただ速かっただけだ。そしてそれは大問題だった。
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