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そのうちに男がゴミ袋を持って表に出てきた。口笛を吹きながら建物に沿って速人のいる方とは反対側に歩いて行く。恐らくゴミを処理しに行ったのだろうと予想をつける。どこかで燃やすのか? それともゴミ袋を投げ捨てるだけなのか? 前者であることを祈り、速人はロビーに近づき中を窺う。女は速人に背を向けて座っていた。携帯を夢中になっていじっているようだ。
どうする? できれば誰にも気付かれずに侵入したかったが、そんなに時間が残されてるとも思えない。男が戻ってくるのも時間の問題だろう。速人はすぐに判断した。
気配を消して、女に近付く。猫のように静かに背後に取り付き後ろから口を塞ぐ。
「騒ぐな。できれば女は傷付けたくないんだ」
速人がそう言った瞬間、彼の体は宙に舞っていた。床に叩きつけられた後、素早く体勢を立て直し女の方を見る。目の前で見ると身長は百五十センチ足らず。細身で男を投げ飛ばすような女には到底見えなかった。
ちくしょう、何だってんだ。速人は自分の見通しが甘かったことを呪った。いきなり背後から容赦なく攻撃するべきだったらしい。
女は声を上げて男を呼ぶこともせずに無造作に速人に近付いてくると、右足を振り上げ回し蹴りを放つ。速人はそれを両手でガードするがあまりの衝撃に体勢が崩れそうになる。
その細い足のどこにそんな力があるんだ。こいつは女じゃない。少なくとも俺の知っている〝人間〟の女じゃない。速人は目の前の敵の容姿を無視することを決めた。
半身に立ち、つま先に体重をかける。左手をスッと下げ、あえてスキを見せた。女はがら空きになった顔面に向けて強烈なパンチを放つ。
速人は顔面を左側に少しだけ動かし、同時に右拳を合わせた。ほぼ完璧なクロスカウンターが女の顔面に炸裂する。流石にこれは効いたらしく女はもんどり打って倒れた。これで当分は大人しいはずだ。
身体能力は高いが、技術はまるで素人だな。速人はふとそんな風に思った。思えばさっきのナイフ男もそうだった。ナイフを振り回すスピードは凄かったがそれだけだった。
速人は倒れている女に近付き喉を踏みつぶそうとしたが、すぐに出来なかった。いくら人間離れした動きを見せられても、やはり人間、しかも女性を殺すことに抵抗があった。女は気を失っているようだった。どうせしばらくは動けまい。速人は振り上げた足を床に下ろし、そこから移動した。
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