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「だらしないな。素手の人間にやられるなんて」
速人がロビーを抜けようとした時だった。先ほどの男がもう戻って来て呟いた。近くにあった椅子を掴み速人の方に軽々と投げつけてくる。速人はサイドステップしてそれをかわす。
もう一人やらなきゃいけないのか。速人がそう思っていると、倒れていた女が首を振りながらスクッと立ち上がった。口から流れている血を舌で舐めとり、速人に向かって笑顔を向ける。
「今のは効いたわね。女性は傷付けたくないって言ってたくせに」
この女、わざと寝てやがった。速人はすぐにそれに気付いた。本当はすぐにでも立ち上がれたのだ。止めを刺しておかなかったことに後悔したがもう後の祭りだった。
速人は二方向から近付く敵に交互に目をやりながら、この危機をどうすれば逃れることができるのか考えていた。男の方はどこから出したのか大きなナタのようなものを手に持っている。女は素手だし、さっきのダメージが多少はあるはずだ。
結局、まともにやる羽目になっちまったな。
速人は女の方に素早くステップしジャブからワンツーを放つ。二発のパンチが顔面を捕らえたが、女は初めから避けようとはしていなかったようだった。顔面に攻撃を受けながら速人の腹部に向かって突きを繰り出す。速人はガードを閉じて受け止めた。衝撃で思わず顔が渋くなる。チラリと後ろを見ると、男が背後からナタを振り下ろそうとしているのが見えた。大きくサイドステップしてそれをかわす。男も女もニヤニヤして速人を見ていた。
こいつら本気を出してない。速人はそう思い、同時に絶望感も感じた。こいつらの動くスピードを考えれば背中を向けて逃げ出すのは無理だろう。かといってこのまま戦って勝てるとも思えなかった。一人ならまだしも二人では絶望的だ。
ナタを持った男が速人の方に近付いてくる。女も別の方向から速人に飛びかかろうとしていた。
こんなところで死にたくない。ふと脳裏に茜の顔が浮かんだ。
血に汚れたナタはもう速人のすぐ近くまで来ていた。
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