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俺の通ってる幼稚園にいる女の子の誰よりも。
それくらいしか、知らなくて。
声も聞いたこともなく、顔を見たことも、どうして泣いているのかも、何も知らなかった。
だけどそれでも、君だって分かってしまったんだよ。
どうしてかな。
不思議だよね。
『今日から新しいお友達が来ましたっ。笹川 律ちゃんですっ!皆仲良く遊ぼうねっ』
『『はーいっ』』
『・・・よろしく、おねがいします』
たどたどしく、そう言った。
その時始めて声を聞いた。
ささがわ、りつ。
心の中で何度も何度も繰り返した。
忘れたくなくて。
どうせならその日のうちに声をかけたらいい。
それがダメでも公園で会って、君がジャングルジムの天辺にいても、名前で呼んであげられる。
涙をふいてあげられる。
そう、思ったから。
だけどその日君は公園には来なかった。
もう、悲しいことは終わったのかな。
だったらいいな。
嬉しいな。
だけどどこか、寂しかった。
俺が彼女を知らなかったように向こうも俺を知らなくて。
幼稚園が一緒になってもしばらくは話すことができなかった。
だけど幼稚園では"ジャングルジムの天辺だから"は通用しない。
だからある日、思いきって声をかけた。
それは俺が仮面ライダーに変身しようと悪戦苦闘してた時。
『りっちゃん、すべりだいかーしてっ』
『いや』
それが、律と始めてちゃんと交わした言葉だった。
『ねー、おねがいーちょっとだけっ』
『いーや』
話してみると思ったよりも子供だった。
『りっちゃんもへんしんみたくない?』
『ぜんぜん』
『もう。おれがへんしんしたらりっちゃんのことたすけられるんだよ』
君がどんなに高いところにいたとしても。
『・・・えっ?わたしのこと?』
君はすごく驚いた顔してた。
ずっと、悲し気な表情ばかりを見せてた君がそんな顔をしてくれたから。その顔がかわいくて、愛しくて。
『うんっ!だってりっちゃんいつもかなしそうだから。だけどかめんライダーみたらきっとわらってくれるとおもった。だってせいぎのヒーローだから。みんなをえがおにする、ヒーローだから』
君の、ヒーローだから。
『うんっ!』
笑った顔はもっともっとかわいかった。
その笑顔を俺は一生忘れないだろうなと、なんとなく思った。
律はあの日から、今日までずっとここへは来なかった。
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