第1章

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マイナー趣味の人間は、メジャーでどこまで/いかに戦うことができるか?――クラムボンのほんのりとした先進性について 「ただ、今の周りとかJAPANとかに出てる人達――それを否定するつもりはないけども、一つの事に邁進してる感じが今の音楽のカッコよさみたいになってるじゃないすか。『進化してねえなあ』っていう気が凄くして(笑)。『全然進歩してねえじゃん』みたいなのはあるっすよねえ。せっかくこれだけ時代も変わっていってるし、これだけ情報も増えてきてるんだから、それこそ日本って音楽の情報源が他の国よりも物凄くいっぱいあると思うんですよ。軽くやってるつもりないから、そこを凄くわかってもらいたいというか」(『ロッキング・オン・ジャパン』2000年5月号でのミトの発言より) ■自分たちのコアを変えずに、可能なかぎりファンを広げるという難しさへの挑戦  1995年に結成されたクラムボンが、20年以上も多くのひとに愛されていることのすごさは、当事者以外にはなかなかわからないかもしれない。  ほとんどの「趣味のいいバンド」は、よくもわるくもこぢんまりとしたコミュニティ、サークルのなかで愛されるにとどまる。  しかしクラムボンは、デビュー当時には同じようにくくられていた「趣味のいいバンド」(さしさわりがあるので、とくに名前は挙げない)とはことなり、ロックフェスでもライブバンドとして愛され、家でリスニングすることを好むひとたちからも職人芸的なポップスとして支持されている。  ある時期からは、メンバーのmitoがアニメ好きということが知られるようになり、ソロワークスでもクラムボンでもアニメ関係の仕事が増えた。  けれど「アニメ好きのミュージシャンならアニメ音楽がつくれる」というほど簡単な世界ではない。もともといたフィールドとの親和性も、けっして高くはなかった。  ここには多くの謎がある。
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