第1章

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 目が覚めると、一升瓶ほどもある蛆が湊の足先をかじっていた。  そもそもが、この手の虫が獲物を殺さないように麻痺させるのは腐敗を防ぐためだ。当然、喰らうときも鮮度を保つため、生命維持に関係ない部分から。末端である足先をかじるのは当然の理である。  暗い中に、骨からはがした身を啜る音が、ちゅるちゅると聞こえていた。だが、痛みは無い。出血がさほどでないのも毒のおかげか。 (『子供』の餌になるとはな)  自嘲の笑みを浮かべたいところだが、麻痺の及んだ顔筋がそれを許さなかった。ただ耳に届く行儀の悪い食事の音をぼんやりと聞きながら、じきに訪れるであろう死を待つしかない。 (そうか、これが罰か)  贖わされているのだと思った。若い日の罪を。  彼は自分の『子供』を殺したのだ。  だって、仕方の無いことだろう? 俺は大学に入ったばかりだったし、亜理紗は高校生だったんだぞ。だから、妊娠したと聞いたときは堕ろすことしか思いつかなかった。 ……あいつはエコー写真を見て泣いていたっけ。俺か? 虫みたいだなと思ったよ。  正直に言おう。解かりあえないと思った。  ぼんやりと白く映った影。俺の都合も考えずに育つ身勝手な生き物。その根底にあるのは思考じゃなくて、生命を維持するための本能だっていうのがたまらなく恐ろしかった。  それでも、亜理紗に非道なことをした覚えはないぞ。金だってちゃんと出したし、堕胎手術にもついていった。二人で水子供養にも行って、赤い風車なんか供えたんだ。思考のひとかけらもない子供に解かる訳は無いと知っていても、礼は尽くした。  それなのに、亜理紗は俺から離れた……
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