てんびん

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 突然、ひどい衝撃が体を襲った。  それは意識もろとも跳ね飛ばし、気付いた時には見知らぬ人間が、 自分を見下ろしていた。 「ようやくお目覚めでございますね。おはようございます」    黒いスーツを身にまとう、どこぞの執事かセールスマンのような男は、 慇懃な口調でお辞儀する。 「はぁ……」    川内は上体を起こすと、きょろきょろと周囲を見回した。  白い室内に、白いベッドがぽつんとひとつ。  病院の個室のようで、どこか違う。 「ここは?」 「ここは私の、商談ルームでございます」  男は人当たりの良さそうな笑顔を浮かべながら応えた。  歳の頃は三十代前半と言ったところか。  自分とそう違いないな、川内は心の中で呟いた。 「商談?」 「はい。では、早速本題に入らせていただきますがよろしいでしょうか?」 「本題って」    川内は顔をしかめた。  そもそも自分は高速で、地方の営業所へ向かっていたはずだ。 少なくとも、こんな場所へ寄る理由など、ましてや彼との商談などない。 「ああ、状況が把握できていらっしゃらないご様子ですね。 よろしいでしょう。では、まずご説明から」    男の口調はあくまでも柔らかい。 先程の衝撃は事故かなにかで、保険金の説明でもされるのだろうか。 「いや、ちょっと待ってくれ。それは後にしてくれ。 とにかく営業所へ行くのが先だ」 「はて? 営業所、ですか?」    男の笑みは変わらない。川内は次第にいらだちが募ってきた。 「いやだから、保険か治療費の話かそんなところだろう? 幸い、怪我も傷もないようだから、仕事に戻らせてくれないか。 そういう話は家内に任せても」 「あなた」    男は少々呆れたように、息を吐いた。 「何も分かっていらっしゃいませんねぇ。 いいから、まずは私の説明をお聞き下さい」 「そんな時間はないんだ。早く行かないとトラブルが」 「説、明、を、お、聞、き、下、さ、い」    男は、有無を言わせぬ圧を言葉へ載せた。 川内は睨み付けるも、何の効果も見られない。 「貴方様は、先程の事故でお亡くなりになっておられます。 大型トラックの追突ですね。 ご記憶にないのはきっと、すぐに意識がなくなったからでしょう。 即死でしたから」 「はぁ? ふざけるもの大概に」
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