てんびん

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 翌日の新聞の国際面には、 異国での犠牲者を伝える記事が淡々と載っていた。 扱いはちいさく、しかも複数の類似記事がある。  川内の身代わりの青年も、 このどこかに含まれているのだろうか。 それとも違う日付の記事に、含まれていたのだろうか。  男の言うように、ひとからげの記事には、 罪悪感を抱かせる要素はなにひとつ存在していない。 川内はすぐに、彼の存在を忘れてしまった。  川内は、これも奇跡的に怪我も後遺症もなく、 すぐに現場復帰を果たして、より精力的に仕事をこなし始めた。 車での移動を、心配するのはむしろ妻のほうだ。 川内は一笑に付して、全国の営業所へと駆け回った。 娘の病気に関しての、海外渡航準備も万端だ。 なにもかも順調に進んでいたある日、男が川内の前に現れた。 「お久し振りでございます」  男は、人の良い笑みを浮かべて慇懃に一礼をした。  川内は思わず、周囲を見回した。  その日、川内は出張先での仕事を終えて、 ビジネスホテルに宿泊していた。 自分の居場所はいつかの白い部屋ではなく、 シンプルなホテルのベッドの上だ。川内は安堵の息を吐いた。 「……今日は一体、なんの御用ですか? 見たところ、ここはあなたの商談ルームではないようですが、 まさか私がまた死んだとでも? 若しくは先日の件で謝礼の要求とか?」  まぁ、確かに感謝はしてますが…… 川内の失礼な言葉にも、男は柔和な表情を崩さない。 「違いますよ。今回はただのご報告に、お伺いしただけです」 「報告?」 「ええ。貴方様の交換された方の生命ですが、 実は妻子がおられる方でした。特に娘さんは、貴方様のお嬢様とのお歳に近い」 「……何ですか? 同情しろと?それとも親子に寄付でもしろと? まさか契約を振り出しに戻せとか」 「そんなこと、できませんよ」  男は肩を竦めてみせた。 「じゃあ一体……」 「ですから、ご報告と申し上げているじゃないですか。 貴方様は少し、他人の話を聞かれた方が良い」  川内は不快な表情を浮かべて、軽く目を逸らした。 「……それで」 「ええ。その残された妻子がですね。 すぐに後を追って亡くなられたんですよ。 いや、こちらとしては濡手に粟の収穫と言いますか」 「……」
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