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「そしてここからが貴方様へ関する事柄なのですが、
その亡くなられたお嬢様が、貴方様のお嬢様の臓器移植の
ドナーになる方だったんですね。
いやぁ、偶然とは恐ろしいことです」
「……え? それって、どういう……」
男の言葉を理解しかねて、川内は目を泳がせた。
なにか重要な言葉を聞いた気がするが、それが理解を拒絶する。
男は頓着せず、言葉を紡いだ。
「ですから、本来なら貴方様のお嬢様のドナーとして、
もう少し後に亡くなるはずだったのですが狂いが生じまして、
ドナーにはなれない、と」
「いやそれは困る。もう渡航の手続きも済んでいるんだ。
なんとかしてくれないか」
「そんなこと、私に申されましても」
「頼む、頼むよ。もう時間がないんだ。
今回を逃したら、娘は本当に死んでしまう」
男はただ、動揺する川内を見つめていた。
冷たさも困惑もない、セールスマンとしての完璧な笑顔と瞳だ。
沈黙が、部屋中を支配する。
幾許かの時を置いて、川内は絞るように言葉を吐いた。
「……娘にも、有効だろうか」
「はい?」
「その、等価交換というやつは」
「ええ、承りますよ」
男はにっこりと、笑顔を見せた。
「それにしてもご自分の家族のために、
また他人の生命を望まれるなんて、
エゴイストっぷりには惚れ惚れしますねぇ」
言葉に反して、男の口調には嫌みはない。
ただただ感心しきりだ。
「違う。今回は、私の生命を」
「構いませんが、残された奥様とお嬢様はどうなさるでしょうね。
稼ぎ頭を失い、今までの治療費も残り、
これから先の医療費は予測がつかない。
後を追ってしまうかもしれませんねぇ」
「……それは」
「貴方様の生命保険とやらが、これからの長い生活を、
どれほどカバーしてくれるものやら。
かと言って、今から奥様の生活基盤をカバーして差し上げようにも、
時間もないときてる」
男は鞄から、新聞を取り出した。
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