第1章

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 接待は滞りなく終わった。宴会はもともと四代目主人の奥様の実家である料亭を指定されていたので、土地に不慣れなこちらからしたら御の字であったし、むしろ加賀野菜に並々ならぬ誇りを持っている主人一家のレクチャーを、出向いた社員一同一身に受けることとなり、一時はもはやどちらが接待しているのかわからない状態になりかけた。  しかしながら、営業課が苦心して考えた東京土産と、チーム金沢の遂行役にさせられた伊織と佐知夫のアイデアである季節限定和菓子のプレゼントは四代目主人を相当喜ばせたようだ。  いくらネット販売が活発になっても頑なにオンラインショップを作らない老舗は多いし、ショップがあったとしても、ネット販売できる和菓子の種類には限度がある。佐知夫もそれは十分承知だったので、ネットで容易に手に入らないものばかりを選りすぐっていた。  結果としては大成功。明日の朝、契約書を交わして今回のプロジェクトは完了する運びとなった。  宴会がお開きになると仲居さんの手伝いを少しして、片付けの目途が立った頃、佐知夫は料亭の外に出た。会が始まる前はさすがに緊張して、庭を眺める余裕もなかったが、落ち着いて見渡すととても美しい日本庭園だった。  ひとしきり美しい景色を堪能した後、ぐるりと周囲を散歩した。夜風が寒いくらいだったが、緊張していた体を解きほぐしてくれるようで、悪い感じではなかった。  気ままに歩いているうち、裏口のような場所に来てしまう。喫煙所の一画があって、そこに若い板前風の男性と、仲居風の女性がキャッキャとじゃれ合っていた。ふたりともまだ二十歳前後だろうか。佐知夫と目が合うと、ふたり共少し気まずそうに会釈をしてくる。
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