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「佐知夫さん、ここにいらっしゃったんですね」
「お疲れ様です。無事まとまってよかった」
「はい、ありがとうございます。今、お客様を見送ったところです。皆これから飲みに行くって張り切っていますよ」
「じゃあ、そろそろ戻らないとな」
今なら皆、どんな酒でもうまいことだろう。などと考えながら持て余し気味のタバコを消そうとした時だった。
「俺にも一本貰えませんか?」
たしか、伊織もタバコは吸っていなかったはずだ。食品会社ということもあり、佐知夫の会社は五年ほど前から社をあげて禁煙を推奨している。
営業課は特に敏感だったが、仕事柄かやはり一番喫煙率も高くて、当時は小さなトラブルがいくつかあったことを覚えている。それが今や営業マンの喫煙率ゼロパーセントが営業統括部長の自慢だ。
「ごめん、あげたいんだけど……これしかないんだ、貰い物で」
もう随分前に止めたから、と火を消すと、その手首を掴んで引かれた。目の前に伊織の顔がくると唇を奪われる。
「ん……」
「味見できたからいいです。俺も入社してからは普段吸わないんで」
ニヤッと笑って、さあ行きましょうかと颯爽と歩いてゆく。その後姿は、憎たらしいほど格好が良かった。
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