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「佐知夫さん!」
社内の中枢から少し離れた資料室で、昔の冷食パッケージを探した帰り、伊織に声をかけられた。
「お疲れ様です。これから俺、外回りなんですよ」
「そっか、気をつけてな。いってらっしゃい」
伊織はすうっと佐知夫に近づいてきた。
「今日はどんなショコラがいいですか? 今なら特別にリクエストを受け付けますよ」
屈託のない笑顔で、そんなことを言う。ショコラなんていらないよ――伊織と一緒に過ごせればそれでいい。口に出せない想いは日に日に強くなるばかりだ。
「もう……せっかくチャンスをあげたのに。じゃあまた佐知夫さんが驚くくらいおいしいの、探してきますね」
ふいに愛おしい気持ちが溢れてきて、佐知夫は伊織をじっと見上げた。その頬にすっと伊織の手が伸びて、唇が重なってくる。社内だってわかっているけれど、佐知夫も伊織に触発されて、その背中に腕を回してしまった。
「んっ……ふ……」
人気のない場所であるのをいいことに、伊織にされるがままになる。蕩けそうな気持ちになってうっすらと目を開くと遠く、伊織越しに人影が見えた。
「!!」
「どうしました?」
「……誰かに、見られたかもしれない……」
「そんな、気のせいですよ」
伊織は佐知夫の見ている方向に立ちはだかって視界を遮ってしまった。気のせいだ、伊織はそう言うけれど、不吉な思いは消えない。不安な気持ちに駆られているのに、伊織はまたもぎゅうと佐知夫を抱きしめた。
「だから、人……くるっ、て……」
「ちょっとじっとしてて、佐知夫さん」
大丈夫ですよ、と力強く伊織が抱きしめてくれるから、佐知夫はまた目を閉じてしまった。
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