第1章

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 伊織の連絡先はブロックした。総務課に入ってきた時は席を外してその場をやり過ごした。  しばらくすると伊織は佐知夫宛てに総務課に来ることはなくなり、オフィシャルな用事がある場合は、同期の宍戸のもとへ出向いた。  宮田からはそれからも何度か声を掛けられたが、知らぬ存ぜぬで通し、相手にしなかった。  こんな喪失感を味わうなら、はじめから伊織と何もなければよかったのに。ただ眺めているだけだったら、こんなに苦しい思いをすることもなかった。  ふとした時に伊織の感触を思い出す。何度も一緒に眠ったベッドにいるのは辛かった。そのくせ、伊織の匂いがどこかに残っていないかと探ってしまう。  冷蔵庫を開ければいくつもの、ショコラの包みが目に入る。食べるのが追いつかないくらいたくさん、伊織はショコラをくれた。  うちの中も職場も、伊織の影が濃く写りすぎて、簡単には忘れさせてくれそうもない。  それでも時間が経てば、気持ちは薄まるだろう。悲しいけれど良くも悪くも、強い気持ちがずっと続かないということを佐知夫は知らない歳ではない。
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