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「ナベやんと俺のジャージがあるから、それ洗っといてくれ」
「わかりました」
ニコニコと笑う雨宮は何処までも恋する乙女だ。
「ほ、ほな。俺ガッコ行くわ」
「行ってらっしゃい」
ちゅ。
言われる前に奪ってやると。
「~~~~~」
なにか悶えていた。
恋は病とはよく言ったものだ。
きっと一時的なものだろう。すぐに慣れていつもの雨宮に戻るはずだ。
矢代は家を出た。
バタン――。
行ってしまった。愛しい恋人。雨宮は閉まったドアの向こうの気配を感じ取る。車のエンジンがかけられ慎重に駐車場を出て行く。しばらくして大通りを左折したのがエンジン音でわかった。
「さて、洗濯物でもするか」
ジャージもそうだが、昨夜散々だった布団のシーツもタオルケットも洗ってしまわないと。
「・・・・・・」
現場に戻ってみると、あまりの惨状に赤面してしまった。こんなに? そういえばもう最後は自分じゃないみたいだった。ハイになってしまって、なんだかわからなくなって。
「神聖なものから洗おう」
雨宮は脱衣所の籠からふたり分のジャージを取り出し洗濯機に入れる。洗剤と柔軟剤をセットして、電源とスタートボタンを押した。
ピ!
小気味の良い音にこちらも気持ちが良くなる。
ピピピ! ピピピ!
洗濯機に呼ばれ雨宮は脱衣所にやってくる。
籠にジャージを入れて、今日は天気が良いのでベランダへと出た。
有給の午前中に恋人の洗濯物を干してるなんて、以前なら考えられないことだったろうと思いながら、ジャージのズボンを広げて、ロープに掛けて洗濯ばさみで留める。
もう一本一回り大きいズボンを広げ、シワがあったので、ぱんっと伸ばしてから、ロープに掛けて留める。きっとサイズの小さい方は新品なのだろう。
風に揺れるジャージの脚を見ながら、雨宮はあのふたりはこれからもきっと槍投げで繋がってゆくのだろうと思った。
それは嫉妬ではなく羨望だった。
おそろいのジャージが、気持ち良さそうに風に吹かれていた。
おわり
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