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紗羽さんに向いていた瞳があたしの方に来て、そのまま屈んで耳許に口を寄せる。
「今日は定時?」
「はい」
「俺は少し残業がありそうだから、先に行ってて」
そう言いながら、あたしの手を取って何かを握らせた。
『先に行ってて』って、どこに行くんだろう……なんて考えながら握っていた手を開くと、そこには銀色の鍵。
もしかして、和泉さんの部屋の合鍵?
それをじっと見つめたまま動かないあたしに、和泉さんはふっと笑ってまた耳許に口を寄せた。
「先に帰ってて」
「はい、わかりました」
熱くなった頬を隠すように俯きながらそう言うと、和泉さんはやさしく微笑みながらもう一度頭をくしゃりと撫でる。
「じゃあな」
そのまま背中を向けて社食を出ていく和泉さんの背中を、ちらりと視線だけを上げて見送った。
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