第2章 おわり

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九.誰か(1)  午後四時を少し過ぎたころ、全ての作品がびっしりと詰められたトラックは、私たちの白い軍手の波に見送られて大学を出発した。出発したトラックは、車で三十分ほど作品を運搬し、美術館の美術館班に引き渡す。  恵麻はおあずけをくらった犬のような状態で、ユーキくんと芽衣ちゃんからの差し入れを待っているようだ。 「おつかれさまでした!」 大学班の学生たちが口々におつかれさま、と言う。 「あとは、美術館班にまかせて、僕らはお菓子で一休みしよう」  ユーキくんが、教室の奥に引っ込んで、大きな袋を抱えて出て来た。恵麻が、わあ、と声をあげる。甘い蜂蜜の匂い。袋の中の箱には、蜂蜜専門店がやっているパティスリーのシュークリームがぎゅうぎゅうに詰まっていた。ラトリエ・ド・ミエルのシュークリームだ。砂糖不使用、蜂蜜の自然な甘みを活かしてクリームを作っている。駅前からは少し離れた住宅街の一角でひっそり営業しているため、知る人ぞ知る地元の名店だ。私たち高校生はバス代のこともあり、わざわざバスを乗り継いで買いに行くこともできないので、親が買ってくるのを待つしかない。きっと、今朝、朝イチで二人で買ってきてくれたんだ。 「冷蔵庫に入れておいたから冷えてるけど」  ユーキくんが一人一人に順番に手渡す。コーヒーの匂いもするな、と思っていたら、瑞樹さんがインスタントコーヒーを淹れてくれていた。ふと、恵麻を見ると、欲張って二つも受け取っている。 「恵麻、足りなくなっちゃうよ」  私の言葉に、ユーキくんが答える。 「大丈夫ですよ、最初から恵麻さんの分は二つで計算してありますから」  恵麻はクリームを口の周りにつけたままきょとんとしている。  ユーキくんは、またくくく、と笑った。ユーキくんの笑顔を見て、まるで夢みたいだと思った。ユーキくんがいて、恵麻や華子がいて、コーヒーがあって、シュークリームがあって、ここは美大で。この空間にレジンを流し込んで、このまま固めたい。急に設定更新が起こっても、いつでも取り出して眺められるように。
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