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彼の手が一瞬止まりまた動き出した。馬は気持ちよさそうに目を閉じている。ベネディクトがどう言おうとこの仕事もまた彼の天職だ。
「ない。どうしてあんたにこんな話をしてるんだ。王の女だというのに」
ベネディクトがミッチェルの名前を口にせず、王と呼んでいることに気がついた。
「きっと心が苦しかったんじゃないかな。私、人からよく相談されるの」
「あんたみたいな女、王は苦労しているだろうな」
「それって褒め言葉なの、ベネディクト?」
彼がブラシを手にこちらを振り返った。
「ベンだ」
「何?」
「親しい奴はベンと呼ぶ―もう行け、気が散る」
ルシアは藁のついたスカーフを払って髪に巻き、ぎこちなく立ち上がった。
「なら私のことはシアと。また明日ね、ベン」
ミッチェルは部屋の前で見張りの男に様子を尋ねていた。
「ルシアはどんな様子だった?」
見張りの男は若く、目を輝かせて自分の仕事ぶりを報告するのに余念がなかった。
「はい。ルシア様はずっとベッドにいらっしゃいました。時々様子をみてましたが、熱心に本に顔を埋めておられて」
「ほお…ミエルバはその間、何をしていた?」
「それが、陛下が部屋を出られてしばらくすると彼女もどこかへ行かれました。少し前に戻られたのですがまたすぐに出ていかれて。僕はルシア様をお守りするよう言いつかっていましたので、あとを追わなかったのです」
男は褒めてほしくてたまらない子犬のような表情をしていた。
「よくやった。もう行っていいぞ」
遠ざかっていく男の後ろ姿を眺めながら尻尾がなくてよかったと思った。もしあったら廊下に飾られた花瓶をことごとくはたき落としていただろう。
ドアを開けると輝く笑顔で出迎えられて、尻尾のことなど忘れ去った。
「おかえりなさい」
すぐにベッドに腰を下ろし唇を重ねた。
「ルシア…ちゃんといてくれたんだな」
彼女は少しやましそうな顔をしたように見えた。
「まあね。お願いのことなんだけど―」
「奴隷だろう、何人ほしい?」
「買ってくれるの?」
「もちろんだ。変わってはいるが、おまえが喜ぶなら」
「それはもう。自分で選んでいい?」
彼は昨日のことを思い出した。奴隷市がある場所は治安が悪く、衛生状態もよくない。
「おまえを連れてはいけない。男か女か言えばわたしが買ってくる」
「逃げ出したりしない」
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