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「怖かった…。おまえが、いなくなって、何かあったら…わたしのせいだと、自分を責めた」
「ごめんなさい。私が悪かったのよ。あなたは悪くない」
ミッチェルの髪は柔らかで艶があった。
なぜ彼が私の髪を梳いていたのかわかった。相手を慰めたいという思いと、もうひとつ、自分が慰められたような気持ちになるからだ。
「でも…おまえが無事で、自分の元に戻ってきたら、恐怖が怒りに変わった」
ルシアは黙って豊かな髪を撫で続けた。彼の体は小さく震えている。
「もっと優しくしてやれたはずなのに…。おまえを傷つけてやりたいと思った。自分の痛みを、おまえにも…」
ぽたぽたと肩に熱が落ちてくる。
「もう失うのは嫌だ。大切なものはみんな消えていった。おまえはどこにも行かないでくれ」
静かに言い聞かせるように呟く。
「どこにも行かない。ここにいる、あなたのそばにいる」
しばらくして震えがおさまるとミッチェルの体が重たくなった。ゆっくりと体を横たえていき、彼の体重をベッドと分担した。
深い息遣いが心を落ち着かせてくれる。彼の顔は濡れていた。ルシアは顔の造作の一つ一つを手に刻み付けるように、そっと触れていった。額は広い。頬に影を落とすまつ毛は女がうらやむほど長い。鼻筋は真っ直ぐで、頬骨は高い。唇は大きくふっくらとしていて、いつもは何かを面白がっているように口角が少し上がっている。
紺色の空はいつの間にか紫に、赤色に、黄色に侵食されている。
ミッチェルはいくつで王になったのだろう。ひとつの国を治めるのに、十分なほど年をとっているようには見えない。そもそもたった一人の人間の肩に、一国の重圧がかかるというのはいかほどのものだろう。きっと苦しいことに違いない。
彼は今までに泣いたことがあるのだろうか。思いの丈を打ち明けることが出来る人間はいるのだろうか。
『もう失うのは嫌だ。大切なものはみんな消えていった』彼の言葉が蘇ってきた。いったい誰のことを言ったんだろう。
誰が彼を苦しめたの? もし見つけたら私が髪を引っこ抜いて、目玉をくりぬき…。
ぎょっとしてミッチェルの顔から手を放した。
彼を愛している。
一体いつからそこにあったのか、その想いはすんなりと自分の一部となった。
私はミッチェルを愛している。
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