第2章

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 「ええ、ここで待ってる」  彼が長々と説明するのを遮った。横になっているのなら自分の部屋でも彼の部屋でも同じことだ。それにここなら彼を感じられる。ふと思いついて言い足した。  「ミエルバに青いスカーフを頭に巻いてくるように言って。自分がどんな風に見えるのか見てみたいの」  ミッチェルは鏡があるじゃないかと言って眉を上げたが、使用人にことづけた。  「ありがと」  「何かあったらミエルバに言え。彼女が使用人に頼んでくれるだろう」  彼がいつまでもぐずぐずとして見下ろしてくるから言った。  「消えたりしないから。いってらっしゃい」  ミッチェルは身を屈めて名残惜しげに唇を合わせてから部屋を出て行った。    「ルシア、上手く仲直りできたみたいだね」 ミエルバは注文どおりスカーフを巻いていた。部屋に入ってくるとベッドの横に椅子を引っ張ってきて腰掛けた。  「ミッチェル様の部屋ってオシャレなんだね。あたしもこんなカーテンがほしいな」  ミエルバがミッチェルの部屋に入るのが初めてだと知ってほっとした。彼が以前にハーレムの女たちと共に過ごしているのはわかっているが、彼女は妹みたいなものだ。  「で、今度は何をするつもり? これに関係があるんでしょ」  ミエルバはスカーフを外してベッドに置いた。  「ええ。あなたには悪いけど身代わりになってほしいの。ミッチェルがいないとハーレムの門が閉まっちゃうでしょ? 今しかないのよ」  考えを話して聞かせる間、彼女は身を乗り出して目を輝かせていた。最近はまっている冒険物語のように感じているのだろう。  「すごいね。わくわくしちゃう」  上手くいった。  ルシアはできる限り静かに厩の中をめぐっていたが、絶えず馬のいななきや藁がかさかさと音を立てているから、忍んで歩く必要があるとは感じなかった。そもそも体がだるくてそこまで気を遣っていられなかった。  広い馬房が果てしなく続いていてルシアは目が回ってきた。初めてミッチェルに馬を見せられたときはただの恐ろしい獣でしかなかったが、こうやって見ていると一頭一頭に違いがあるのがわかった。  茶色いものや黒いもの、斑のものと毛色もさまざまで、中でも気に入ったのは茶色い毛並みをしているのに、額にだけ星型に白い毛が生えている優しい目をした馬だった。  「おいで」  馬はじっと何かに耳を澄ましていた。
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