第3章

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 ミッチェルは近づいてくるとルシアの手をとり、親指で手の甲をさすり始めた。  「なんだ、残念。今度は何に例えるのか、楽しみにし始めたところなのに」  ルカを探して周囲に目を走らせる。ちょうどサミュエルを捕まえたところで、彼の前で飛び跳ねている。  白いフリルのついたエプロンをかけたふんわりしたワンピースを着たルカは、りんごほっぺに柔らかな髪をしている。  たしかに妖精のようだ。足りないのは透き通る蝶のような羽だけだろう。  たいていの大人は子どもの話を受け流しがちだが、サミュエルは簡単にあしらったりせず、忍耐強くルカの話を聞いてやっているようだ。  声は聞こえなくとも、ルカの表情を見れば満足のいく答えが得られたことがうかがえる。  「本当に足は痛まないんだな?」  心配そうな声色に視線を移す。  「あなたこそ、その質問は三回目じゃない?」  いたずらっぽい顔を作り、ミッチェルを見上げる。  「もう何ともない。予定通り今日からお店を開けられる」  「いや、四度目だ。何も急いで働く必要はないだろう。金はあるんだ」  「お金がほしいわけじゃないのは知ってるくせに。いまさら延期だなんて言ったら、みんながっかりするわ」  ルカは言うまでもなく、大人びたベルンでさえ、ときおり楽しそうにスキップするのをこの目で見たのだ。ロイだって自ら眼帯をつけて、嬉しそうに控えめな笑みを浮かべていたのに。  「それはそうだろうが、おまえが足が痛むと言えば、彼らも諦めるさ」  訝しげに彼を見つめた。  本気で私がそんなことを言うと思っているのだろうか。 「ミッチェル、あの子達の楽しみを私が奪うと思う?」  彼は大げさなため息をついた。  「いや。一応、言わずにはいられなかっただけだ」  辺りを見回すと、ミッチェルの命を受けてすでに店の中は居心地の良い空間が出来上がっている。店のかどには青々とした観葉植物が置かれ、テーブルには鮮やかなテーブルクロスがかかっている。  ミッチェルに頼んだ覚えはないのに、作りたかったテラス席があり、白いパラソルが丸い癒しを与えている。  「あなたのおかげで完璧ね。お店の場所も町の真ん中だし、本当にありがとう」  必死に無表情を装っているようだが、ミッチェルの顔がかすかにほころんだ。  「ここならわたしも仕事の合間に立ち寄れるからな」  首をかしげてミッチェルを見上げる。
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