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「ほお…」
そして辺りを眺めて、近くにいた六才くらいの少年を手招きした。近くといっても、五メートルは離れている。
少年は母親と思しき女性を見上げて、判断を仰いだ。母親が背中を押すと少年はおずおずと進み出た。それでも気力がくじけたのか、あと二メートルというところで足を止め、不安げに母親を振り返った。
筋肉馬鹿は小さく舌打ちをした。聞いたのは私と伊達男だけだろう。
「坊主、こっちへ来い。噛み付いたりしないから」
彼は片膝を地面について、姿勢を低くしていた。そして優しい声色で言った。少年はその声に勇気付けられ彼の元へとやってきた。意外に優しい面もあるんだ。
彼がこちらを指差した。
「あの女が哀れな男に何をしたのか見ていたか?」
少年は小さく、だが何度も首を縦に振った。
「はい、はい。僕、見ました。あの女の人は彼の腕を掴んでいたの。それで彼は悲鳴を上げて、ばったり倒れたんです」
「そうか。おまえは正直だ―」
彼はちらりと私に射るような眼差しを向けてから、ぴったりしたズボンのポケットに手をいれ、銀貨を一枚取り出して少年に渡した。
「これは褒美だ、もう行っていいぞ」
少年は手にした幸運が消えてしまわないように両手でしっかり握り締め、彼に深いお辞儀をしてから母親のところへ駆けた。
彼はゆったりと立ち上がり、膝の汚れを払った。
「さて女、おまえは嘘をついたな」
周りに水溜りを作って座り込んでいては分が悪いので、私も立ち上がり彼との身長差を埋めた。それでもまだ三十センチは見下ろされていたが。
「溺れる者は藁をも掴むのよ。私が掴んだのは彼の腕だったけど」
自分で言うのもなんだが面白い冗談じゃない? 笑い声を押し殺しながら手振りでいまだ伸びている男を示した。
「溺れる…まさかおまえは、この聖なる泉で死にかけたとでもいうつもりか? 子どもでも足が着くだろう」
彼の視線を追って振り返った。さっきから水が落ちる音がするなとは思っていたが、まさか噴水で溺れていたとは。馬鹿さ加減に今度は笑い声が漏れた。酔っ払っているに違いない。一滴も飲んでいないけど、同級生たちが腹に収める以前の、気化したアルコールをたんまり吸い込んだのだろう―その後の呼気は言うに及ばず。目を覚ませば、公園のドカンの中で眠っていたというおちだ。
「下手な嘘はよせ。罰が増えるだけだ」
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