山羊女 第三章 山羊女

3.2.梃子

　堀に面した廃墟の傍らに男たちが集まっていた。男たちは瓦礫に乗り大きな身振り手振りを交えながら話をする赤い髪の若者に顔を向け熱心に話を聞いていた。若者の隣には鉄筋を曲げるあの男が立っていた。男は目を閉じて腕組みをしていた。
　話を終えた若者と男の傍らに大きな箱が運ばれてきた。箱は男の足元に置かれた。男は目を見開いた。誰かが男に短い棒を渡した。棒を受け取った男は重さを確かめるように軽くその棒を振る。周りの男たちをじっくりと見回す。
　男は高く振り上げた棒で足元に置かれた箱を叩いた。
　それが合図だった。
　男たちが廃墟の前で二手に分かれ走り出す。一方は崖の反対側に突き出た何本もの長い棒に群がる。もう一方は廃墟の上階から下ろされた無数の太い紐を掴み、それを引きながら建物から離れていく。
　合図の音がまた鳴らされた。
　男たちは咆哮とも叫びともつかない声で応答した。
　長く突き出た棒に我先にと飛びついた男たちが棒に体重をかけていく。力の込められた腕や肩の筋肉が隆起する。廃墟の根元に突き立てられた棒はそれでもピクリとも動かない。崖の側では、紐を引いた男たちがじりじりと後ずさりしていく。男たちが引く無数の紐はピンと伸びきっていた。
　廃墟の壁からパラパラと小さな瓦礫が落ちた。
　合図の音がさらに響き渡る。
　大きな槌を持った男たちが数名、建物の根元に駆け寄った。ひびの入ったあたりにあらかじめ打ち込んである鉄筋を大槌でさらに打ち込む。それに合わせて棒にぶら下がる男たちも、紐を引っ張る男たちも、ますます力を込めていく。男たちのこめかみにも腕にも首筋にも欠陥が浮かび上がっていた。
　廃墟から落ちる瓦礫の数が増えてくる。何かが割れるような、軋むような音が聞こえてくる。
　また、合図の音が轟いた。
　歯を食いしばる男たちの口から唸りのような声が漏れてくる。
　一瞬、廃墟が動き出す。
　その瞬間を見逃さず、長い棒が今度は棒の下に潜り込んだ男たちによって持ち上げられる。何本かの棒が接触している箇所がグザグザと崩れだす。すかさず、棒を抜き、別の場所に突っ込み、そのまま持ち上げる。
　廃墟が大きく動き出した。
　紐を引いている男たちがここぞとばかりに腿に力を込める。何本かの紐が外れ、引いていた男たちが背中から地面に倒れこむ。