第1章

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第1章

予言はいつも、世界を終わらせようとする。1999年7月、2012年12月23日、2015年9月3日…何度も世界は予言者たちの手によって一息に消し飛ばさんとされ、その度に、何事もなかったのように生き延びてきた。だから今度だって、2018年10月31日だって、月が落ちてきて世界が滅亡するなんてことはないのだ。そもそも2012年12月23日が計算ミスで実は2015年9月3日でした、などと言っている時点で下らないのだ。終末論なんて糞食らえだ、俺はあんなものは信じないーー。 隣の席でしたり顔の男が若い女におおよそこのようなことを滔々と語るのを聞きながら、啓一朗は冷めたコーヒーを少しだけ啜った。聞くというよりは、男の声が大きくかつ耳障りな高さなので、どうしたって聞こえてしまう。向かいに座っている女はといえば、特に嫌がる風もなくうんうんと男の話に聞き入っている。少なくとも、啓一朗からはそう見えた。 なぜ男がわざわざあんな面白くもない話を選んでしかも面白そうに話しているのか、それを(表面上は)気持ちよく浴びているように見える女は果たして幸せなのか、お揃いで頼んだのであろうフラッペがほとんど手もつけられず溶け始めているのには気が付いていないのか…。 啓一朗は無意識のうちに思考の関心が終末論否定説の男女に向いていたことに気付き、慌てて首を左右に強く振った。時間と頭の使い方としてこんなに無益なことはない。 ただ、あの「予言」については啓一朗もこの頃よく考えるようになっている。 月が落ちてくる 2018年10月31日、月が地球と衝突して世界は滅亡する。皆既日食や月食、金環蝕など、珍しい天体現象が立て続けに観察されていることに加え、地球と月との距離は現に以前と比べて近くなっている。 数ある「予言」の中では珍しく自然科学的な根拠があることと、10月31日がハロウィンにあたることから、この「予言」インターネットでは「ハロウィン世界滅亡説」としてにわかにもてはやされている。特に、「月が落ちてくる」というフレーズが急速に人々の間に広がり始め、SNSではすでにお決まりのハッシュタグとなっていた。
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