第1章

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 都築の本番が始まってしまっていた。これは、確かに腹が立つかもしれない。立ったまま、壁に手をついて耐えている北原の甘い声と、濡れた音。玄関は家の中でも、公共の場だと言いたい。それに、瞬にとって北原は、どこか神聖な存在なのだ。神宮寺が恋人ということは許したが、それは相手が神宮寺だったからだ。 「それと、炎座、壊滅させる」  ポロポロと瞬の目から、涙が落ちる。千都は、次第に困ったように眉を寄せ、再び涙を舐めてから、瞬の顔を袖で拭いた。 「…頼む、泣かないで」  都築が、瞬を見て、ニヤリと笑っていた。都築、分かっていてやっているらしい。しかし、千都に軽蔑の眼差しで睨まれた都築は、北原を抱き上げ、寝室へと移動していた。寝室に移動すると、北原の嬌声は更に激しくなっていた。  瞬が両手で耳を塞いで、しゃがみこむ。もうどうしょうもなく困った様子で、千都が周囲をウロウロしていた。 「俺の初恋、あんたなんだよ。でも、死体だった。でもきれいで、どうようもなく、きれいで。親父のつてで、死体持ち出して、この家の地下で保存している。花の中に今も眠っている。それで、親父のいう事をきくハメに陥った。あんたのせいだよ、責任とってよ。複製好きは親父のせいでも、本物もやっぱり好きになった」  千都、やはり子供のようで、瞬を慰めようとして、逆に自分が怒りだしていた。 「泣くな!頼む、泣くな!」  千都、既に怒鳴って瞬の肩を揺らしていた。 「俺の事、好きなの?」  千都、一体、何歳だというのだ。 「…気に入った、すごく…好き」  千都が、下を向いて呟いていた。子供の好きなのだ、友達の延長線にある。  虎丸が、部屋から顔を出して、様子を伺っていた。 「そうね、俺、帰るけど」  虎丸が、玄関に出てきて、奥から聞こえる激しい喘ぎ声に顔をしかめる。 「瞬、君が自分を大切にしないのは、客の預かり品をないがしろにすることと同じだよ。ちゃんとプロでいなさいね」  虎丸の言葉は、瞬の心に重く落ちる。預かり品を守らなければ、預かり屋ではない。 「じゃあね」  虎丸、帰る前に、部屋を覗いて固まっていた。そして、虎丸は、都築がわざと少し開いていたドアを、きっちりと閉めた。  元の部屋に戻ると、会屋は千歳に懐かれて、熊の調教のようになっていた。 「千尋、千歳、壊すなよ」  何を壊すというのだろうか? 「おい、こっち」
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