7人が本棚に入れています
本棚に追加
車窓から吹き込む新緑の山風にあたり、良子の心は落ち着いていた。「星降る夜」のキャッチコピーに心を鷲づかみにされ、3部屋ほどの小さなロッジに予約したのは1ヶ月前だった。一週間の滞在。彼女の夫は、仕事の都合がつかず、1日遅れての合流予定になっている。部屋に閉じこもりぎみで、学校に行かなくなり一言も話さない息子。息子のため、家族のため、というよりも、この旅行は、良子自身のためだった。良子の息子、怜が不登校になって1年経つ。怜は、細身の良子と同じくらいの背になりかけていた。
白いセダンから降りた良子は、ロッジがネット上の写真よりも古びていることに怪訝な顔になった。そんなものよね、とため息をつくが、期待を肩透かしされた気持ちは消えない。
ロッジから女性が出てきた。この女将は20代後半だろうか、痩せて美しい顔立ちをしているが化粧ッ気がなく、後ろで髪を束ねていた。トイレの場所やダイニングの使い方の説明を受けながら、荷物を部屋に運ぶ。
「だいじょうぶですよ、他のお客のリザーブはありませんし、私たちも気をつけますよ」
と、ロッジでただ一人の専任スタッフらしい女は言った。唐突な女将の言葉は、息子が異質だ、と言われた気がした。怜は、息をしている人形のようだからだろうか、と怜を見やる。怜は、無表情に窓の外を見ている。良子の眉間に、一筋皺が寄った。
「息子ですか?もう1年になるんです。学校も私も、何が理由なのか見当もつかないんですよ」
いつものように、良子は微笑む。女将の言葉を押し返すような、うわずった声だった。
ずいぶん、学校へも問い詰めた。結果、私も息子も、見捨てられたと思われた。どこに行っても終わりはないだろう。終わりのない最期もあることを知っている。医者は、怜の有様を解剖はした。未来への手立てについては、曖昧な言葉しか持たないくせに。
だいじょうぶよ
かわいそうに
がんばって
何が悪かったのかしらね、、、
最初のコメントを投稿しよう!