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女将が部屋を出て行った後、良子はつぶやいた。ドライブと変わらないものね。学校のイベントがあって、嫌がる怜を無理矢理連れて行ったときなど、良子はよくドライブに出かけた。良子は、夫が帰宅しないと外に出ることもかなわなかった。運動会での、数々の満面の笑みの中で、はじっこにいた、真っ青な息子をじっと見ていた夜。セミロングのカールした髪をぐちゃぐちゃにして、泣きながら、歌を歌った。深夜の車の少ない大通りを、高速道路をあてもなく走った。生ぬるいコーヒーに、むせかえりながら。
こんな遠くまで来たのに。気を取り直して、部屋の窓から外を見る。見渡す限り、自然、しかみつからない。だけど、こういう場所だから、大丈夫。
翌日、良子が眼を覚ますと、怜の姿は部屋にない。良子は慌てて、ダイニングに向かった。ダイニングにも見当たらない。ロッジの外に出ると、麦藁帽子をかぶった女将がいた。茶色いストレートロングの髪は、ひとつにしばられて、汗で蒸気を立てているようにも見えた。野菜のはいった藤の篭をもっている。
「うちの息子、知りませんか?」
パジャマ姿の慌てた声に、女将は立ち止まり、笑って、指をさした。指のむこうで、怜がいた。木陰で、女将が敷いてくれただろうブランケットの上に座っている。
「だいじょうぶですよ、怜くん、かなり早く起きてきたんです。だから、裏の畑で野菜を採ってました。いまは、、休憩かな」
女将は怜に笑いかけると、ロッジに足を進めた。エントランスですれ違う女将をつかまえて、良子はそっと囁いた。
「うちの子、あんなふうだから、ちょっと、気をつけてくれませんか?」
「…え?」
「あの、昨日も言いましたけれど、ふさぎこんでるので、、私も気をつけてるんですけど、ひとりだと、どうしても、、、」
「だいじょうぶですよ」
変わらず微笑む女将に、良子は声を荒げた。
「でも、それでも!」
語気に驚いた女将は、眼を大きくあけて良子を見た。無機質に振り返った怜の眼差しに、良子はぞっとした。怜を異常に思っているわけじゃない、と心でつぶやいた。
「山川さん、私、心配なんです」
「…わかりました」
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