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困惑した様子でじっと良子を見ていた女将は、ふっと真顔になった。そして、静かにロッジに入っていく。お紙を見送ると、良子は怜に近づいていった。砂利道をざくざくと音を鳴らして。怜のそばまで来ると、腐葉土と山草で、しめった音とにおいに躊躇しながら、優しく声をかけた。
「怜、お野菜採ったの?」
「…うん」
力なく怜が答える。もう、良子のほうを向いていない。
「おもしろかった?」
「…暖かかった」
「え?」
「…野菜のつるがね、暖かかったんだ」
不登校になって、ほとんど話さなくなった怜のつぶやいた言葉に驚いて、良子はじっと怜を見つめた。そんな良子に気づいているのか、気づいていないのか、怜は、山を見ている。自然が怜を癒してくれているのかしら、と良子は思った。人に疲れた私のように、何もない、この場所が、安心を生んでくれているのかしら。
微笑みかけた良子の手を、怜はそっとふれた。怜の手は、ひどく冷たかった。
夕方になると、大きな風が吹き、雨雲が空を覆った。白いバンが良子の車の隣に停まり、キャップをかぶった男がでてきた。山川、と書かれた白いTシャツを着ていたその男は、女将の弟のようだった。良子はポーチで麻布の椅子に座り、本を読み、怜は、良子と同じ麻の椅子に座り、ゲームをしていた。男は、良子と怜に挨拶をし、今夜は星が見れないだろうと言った。怜は、ゲームをぴしゃりと閉じて、ロッジに入ってしまった。良子は、白いバンの男にすいません、、と言ったが、男は笑って、大丈夫ですよ、と答えた。
深夜まで待っても、この雨の様子では星ひとつ見れないだろうと、白いバンの男は言った。また、明日の夜に期待ですね。星を見に来た良子たちではあったが、良子はそれほど落胆をしなかった。怜に関しては、言葉もない。ローストビーフや野菜をふんだんに使われた夕食を終えると、怜は早々にベッドにもぐりこんだ。良子はあまりある時間をもてあましていた。ゴロゴロと音が鳴り、窓を見ると雷が外を明るくしている。
良子がトイレに立つと、女将と白いバンの男の話し声が階下から聞えてきた。
「どうなると思う?」
「そうね、こんなことははじめてだからね」
「…道は開いてたよ。心配なのはあの子だ」
「びしょぬれになってまで、見に行ったの?」
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