邂逅

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 女将の呆れたような笑い声が聞こえる。不器用で真面目ないい子ね、とつぶやいた女将が、階段から降りてくる良子に気づいた。ココアでも飲みましょうか、と。白いバンの男は、女将と良子を見比べて、小さくため息をつき、ロッジを出て行った。  パイン材のテーブルはまだ新しく、女将がいれてくれたココアも美味しそうに見える。頼もしそうな弟さんですね、と良子が微笑みかけると、女将はひどく真面目な顔をして、そんなことより、とつぶやいて、ためらうかのように押し黙った。 「どうしたんですか?何かあったんですか?」 そういえば、白いバンの男と女将の会話は、何か不穏な出来事にまつわる話のようだったと、良子は思い出した。うつむき続ける女将に、少し苛つきを覚えた。 「雨、のことですか?」 窓を叩く雨音はひどくなっていた。もしかしたら、土砂崩れが起きるのかもしれないな、と思ったりもした。長く女将は黙っていたが、視線をそらしながらつぶやいた。 「怜くんは、特別なんです」  思いがけない話題に、良子は虚を突かれた。不登校になった息子を特別な子だとか、感受性が豊かな優しい子だとか、良子に、言葉をかけた者も数多かった。そうして、慰めようとする者の心を、良子は心の中で罵ることが多かった。何もできないものの言い訳だと、思っていたからだ。良子は小さくふんと鼻を鳴らし、心で女将をせせら笑った。  だが、女将の顔は、同情者特有の、良子を慰めるための哀しみを帯びた表情ではなかった。言い出しの言葉を吐き捨てると、女将は良子をしっかりと見据えていた。その顔は、厳しく、眼を見開いて、意を決した者の表情だった。 「器としてのことはじめ、でもあるわ。そして、あなたは忘れなくてはいけない」  その時、だった。ガタガタっと外壁が何かにぶつかった音、窓が開く音、怜のつんざくような声が聞えた。良子がものすごい勢いで部屋に戻った。怜が窓の外を見ている。最早、雷雨になっている外に向かって、大きな声をあげている。 「アアアアアアアアアア」  尋常でない怜を窓から引き剥がして、良子もヒィィと叫んだ。窓の向こうに、雷ではない白い光が見えたからだ。光といっても電球のようなものではなく、光の揺らぎと表現してもいい。光は1メートルくらいで透き通り、向こうに薄っすらと雨雲が霞み見えた。怜は引き剥がされても、それから眼を離さなかった。
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