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女将が窓に近づくとそれは消えた。消えたと同時に怜も気を失った。まるで、テレビの電源を落としたかのようだった。女将は窓を閉めると、ダイニングに行きましょうと、良子に声をかけた。
女将は、妙に冷静で、何かを知っているとしか思えなかった。怜を心配するようでも、良子に気遣う様子もない。怜が安らかに寝息を立てているのを確認して、ようやく良子の緊張は解けた。解けたと同時に、激しい怒りが良子を包んだ。なぜ、こんな目に合わなければならない、と。良子は、気を失ってぐったりしている息子を抱き、ひざ枕をさせていた。
良子に向き合うと、女将は話した。
「アレは、怖いものじゃないわ。そこにあるもの。言葉を使って話すことはできない。怜くんは、アレと話してた。もしかしたら、アレが気に入るかもしれない」
「ここに来て、本当にアレを見たものはいない。私は、ここでずっとアレの守をしている。監視と言ってもいい。アレは、私に接触してきたことはない。アレは私をバカにしているようにも感じる。監視しても仕方ないってことなのかもしれないわ」
「アレを感じる子どもはいても、アレの眼をしっかり見るこどもははじめてだわ。あの子は、アレをしっかりととらえ、アレの眼を見ていた。アレは、怜君を見て、微笑んだのよ」
「あなた、何を言ってるの?」
口をあんぐり開けたまま、良子はやっと言葉にした。
「あれは、ただの雷かなんかでしょ?それに、怜は驚いただけよ」
あきれたように言葉を吐く良子に、女将はひどく冷たい目で、無表情だった。まるで、怜と同じだった。冷たい目、冷たい表情、冷たい口元。その目はまっすぐ、良子をとらえて離さなかった。
「生きているひとの心がどんなだか、あなたはきっとわかるはず。怜君がふさぎこんでから、いやというほど、怜君が感じていたものを、あなたは理解したはず」
「どういうこと?」
「怜君を取り巻く環境を、怜君の目線で知ったわよね?」
「なに言ってるの?」
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