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異質なもの、が何なのか承知することは叶わないけれども、そんなことは良子にはどうでもよいことだった。怜のような小さな子が、知らない山の中に入るなんて遭難しにいくようなものだった。大人でさえも。
もう二度と、怜に会えないかという不安が良子によぎる。絶対にそんなことはさせない。すでに、全身がびしょぬれになり、草木がまとわりついて、怜との距離をぐっと離す。風で目を開いてられない。それでも、足早に枯れ枝につまづきながらも、木立を走り抜けた。立ち止まった怜に安堵し、腕を大きく振り上げる。今、怜を捕らえるといきむと、ひときわ大きな風が吹いた。大きな風に逆らいながら、良子は怜にとびつく。立ち止まった怜は、飛びついた良子と共に倒れこんだ。
一切の音が聞えなくなった。良子は、怜の身体を全身で確かめると、身体の力を緩めることなく、目をあけた。怜のべたついた髪が目の前にあった。身体を起こすと、怜が一点を見つめていた。怜の目線を追うと、月のような光が向こうに見えた。
8メートルほどの池の真ん中、水面の上に、オーロラのような色合いの、羽衣のように舞う煙がたっていた。良子が見たアレは、怜とは違うように見えているのかもしれない。いつの間にか月灯りがさし、怜の表情は見ることができる。風雨はどこにいってしまった。夜の静けさだけでなく山の一切の音すらも消えてしまっている。無表情だが、その羽衣の光しか見えてないようだ。電灯に群がる夏の虫のように、怜は良子を振り払い、光に近づこうとしている。良子は、体力を使い果たして、怜にしがみつくしかなかった。怜の力は思ったよりも強かった。いつの間にか、身体が大きくなって、ひ弱だと思っていた怜は、やすやすと良子の腕を解き、光に対面するかのように立ち上がった。
「怜!怜!」
「邪魔しないで」
怜の声がハウリングしながら、誰かの声とまじりあって、直接、良子の脳に聞えてくる。目を見開いた良子だったが、もう、何が起きても、おかしくない。
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