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「悩みでもあるのか?」
「そういうんじゃないのよ。ただね、時々本当にこの世界にいるのが不思議になるだけなの。必要とされてるのか、私の居場所はここでいいのかって」
真也から視線を外す歌織。そして寂しそうな表情のまま、緋色の虚空を見つめていた。
二人の距離は教室の端と端で、手を伸ばしても届かない。歌織を遠くに感じながらも、真也は少しずつ近づいていく。真也の席は廊下側なので、彼女のいる所まで行く必要はない。自分が何故そんな行動に出ているのかは、真也にも分からなかった。
「そんな顔しなくてもいいだろ」
歩き出したのがついさっきだと思っていたが、気付けば歌織の側に立っていた。
「堤がいくら悩んだって、そんなものは解決しないよ。人間は結局行動が全てだと思うんだ。思い悩むよりもさ、自分の足で立ち上がって、自分の足で歩いた方がいいんじゃないか?」
再度向けられた視線は、先ほどとは違う光を帯びていた。それは驚きでもあり、喜びにも酷似した何か。きっと歌織はこんな風に声を掛けてもらったことがないのだ。あまり人に弱みを見せないため、ふとしたときに触れる人の温かさに困惑している。
「ふふ、なんかカッコイイねそういうの。私も片瀬君みたいになれたらないいのにな」
「そんなに大層なもんじゃない。けど、堤が望めばきっとなれるよ」
二人はわけもわからないまま笑い合った。
弱みを人に見せないようにしているのかと、真也は思った。
歌織はカバンを持って立ち上がり、教室のドアへ向かった。真也はそれを追うようにして、忘れ物をカバンに入れてから教室を出る。ほとんど接点のなかった二人だが、並んで帰るその姿は、他人から見れば仲がよい恋人なのかもしれない。
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