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まるで小学生もやらないような下らないこと、と一笑に付せるレベルだったが、毎日続くと空気にようにはならず、澱のように溜まっていくのが悪意のおそろしさだ。
そして、福留が時折見せる彼女への視線は、明らかに男が女を品定めする、彼女が嫌悪して止まない欲情を伴うものだった。
ああ、イヤだ。
寒気すら覚える嫌悪感を表に出さず、他人にも――慎や幸宏には特に!――気取られないようにするのに苦労した。
学校へ行く道がなじみの道となり、まわりの環境にも慣れた頃だった。
いつものように研究室の廊下の向こう側に福留がいた。
他の学生や職員とすれ違うときは誰であれ目礼する。この日も同じように頭を下げた。
福留も下げた。
脇を抜ける瞬間、距離が近いと思った。ほとんど触れるかどうかというところまで、福留は身を寄せ、まるで耳打ちするように彼女の耳元まで顔を近づける。
いやだ、気持ち悪い。肌が総毛立つ。
顔を上げていたら、嫌悪の表情を隠すことができなかったろう、その彼女に、福留は言った。
「君、結婚してたんだってぇ?」
鼻先で笑うように、ついと向こう側へ抜けて、彼は去った。
総毛だった肌が、かっと羞恥の色に染まり、そして瞬時に冷や汗に変わる。
何故、知ってるの?
一瞬、柊山の顔が浮かぶ。
まさか、先生が?
けど、まっ先に疑う気持ちを払い、自分を嫌悪する。
何があっても信じる人を疑ってはいけない。
柊山は――小父が引き合わせてくれた人だ、万が一柊山から彼女の出自が語られても真実なのだから仕方がない。いつかは他の人にわかること、隠し通せることでもない。
寒気がしたのは、誰もいない場所で、彼女にだけ聞こえるように耳打ちする、福留の行為だった。
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