【4】 好敵手 

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ああ、嫌だ。本当にキライ! あの男は、男の人は大キライ! 彼女は知らず、自分の肩を抱く。 「――野原君?」 どれ程の時をそうして立ち尽くしていたのか。声をかけられるまで気付かなかった。 振り返った先にいたのは、随分と目線を上げなければ顔を見ることもできない慎が立っていた。 「廊下の真ん中に立ちんぼをする趣味があったのかな」 彼女なら両手で捧げ持たなければならないような分量の本を片手で抱えて、ついと廊下の際を見やる。 自分が来た方、つまり福留が去った方を見ていた。 下駄の足音もわからなかったなんて。私ったら。 ――まさか、さっきの見られていないわよね。 幸子は背筋をしゃんと伸ばす。 「尾上君、ごきげんよう。たくさん本をお持ちなのね。これから図書館へ行くの?」 「いや、行ってきた帰りだ」 「そう、目新しい本はあった?」 「そう……だな、今ひとつだ。けれど贅沢も言ってられまい」 ふ、と目尻に皺を刻む。微笑んでいる。 改めて、幸子の後に研究室に加わった彼を見た。 おそらく、彼ほどの長身の男は学内にいまい。 幸子と並んで歩く様は、幸宏に言わせると大人に連れられて散歩する犬なのだそうだ。くやしいが、その通りだと思う。その上、下駄を合わせるのだからさらに背が高くなる。 身体は痩せていた。今時の食糧事情からだろうか、とつい穿った見方をしてしまいそうだが、彼に限ってそれは当たらない。青山の邸宅に一人住まう彼は、つい先頃まで闘病中で、別の所で療養していたのだと聞いた。転宅をし、療養所に押し込められるような病気といったら限られている。多くの者は命を落とす。戦時中から病を得ていたのなら、よくも外へ出られたものだと感心するしかない。 削げた頬は顔色が良くないが、その顔は、困ったことに大変整っていて良いのだ。
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