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幸宏も、改めて見ると悪くはない、明るい性格と相まって学内の関係者に大層人気があるという。けれど、幸宏の場合は老若男女。慎の場合、圧倒的に女性職員の受けが良かった。彼の脇を頬を染めて通り過ぎる事務員を何人も見た。
幸宏も慎も人気者というわけで、同じ研究室に属する幸子は何度か彼らの話を聞かせて欲しいとねだられた。大半は慎に関することだが、皆、最後には決まってこう言った。「野原さんが羨ましい」と。
羨ましがられてもこちらは何も嬉しいことはなく、できればふたりとも目の前から消えて欲しいくらいだ、成績が違いすぎるのだから。今後を考えると、今以上の障害物として立ちはだかる存在になるのは確実だ。
そういえば、慎とはふたりきりでじっくりと話をしたことがなかった。廊下の真ん真ん中で、何を話せばいいんだろう。
幸子があれこれ会話の糸口を捜していた時、慎はさっさと彼女の脇を抜けてしまった。
「尾上君?」
「私はもう帰るよ。明日の宿題は荷が重いから。君はどう? 進んでいるのかい?」
そして、ひらひらと手を振って角を曲がってしまった。
そうだ、下調べ!
慎の言う通りだ、毎回ゼミの下調べだけで時間を食われる。彼女は他の学生より下積みの期間が少ないから、何をしても人の倍時間が掛かる。眠る時間をいくら削っても足りないくらいだ。叶うことなら、大学の図書館に生活道具一式を持ち込んで住み込みたい、福留に過去をほじくられたくらいで立ち止まる暇はない。
――そうよ、ないんだから。
幸子はつんと顎を挙げ、慎が来た方向、つまり自分が本来向かおうとしていた方向へ、図書室へ足を進めた。
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