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「おまえな」
理一の身体がゆらりと揺れた。
ほら、きた!! そら、きた!!
満員電車の狭い空間で、桜木の方に一歩にじり寄る理一に、
「うん?」
気付いていないはずは、ない。
それでも桜木は表情も変えず、余裕で理一と面する。むしろ迎え討つ、つもりだ。
私は理一のブレザーの端を引っ張る。
「理一、ちょっと…」
戻ってきて!!
車内だから、と小声にしたものの、大声だろうがなんだろうが、そこは関係なく理一の耳にはもう届いていない。
「おまえ、ホンマにええ加減にしとけよ」
地を這うように低く、凄みのある声で理一がキレた。
大きくはないものの、重低音が身体の内側を震わせる。
これは手がつけられないパターンのキレっぷりだ。
もうホント、キッレ、キレに…キレてる。
理一は昔から感情面が先行すると関西弁になる。
感情面…とくに怒りの感情の時は凄まじく、理一を真ん中に残して、遠巻きに輪ができるほどだ。
小さい頃から理一と長く過ごしてきても、いつまで経っても慣れることが出来ない苦手な部分かもしれない。
「そうやって、取り巻き女子をええように使うのはやめとけって言うてるやろ!」
「“ええように”? 俺はそんな、ぞんざいな扱いをしたことはないけど?」
「は? 罪の意識もないんか!?」
「何も、悪いことしてないだろ?」
「おまえがやたらめったら誰にでも愛想を振りまくから、頑張る奴らが出でくるんとちゃうんかい!?それをわかっててやってるんやったら、十分やろ?」
「理一、それは言いがかりだろ? 俺は何かを望んでいるわけでもないし、まして、『訳をみせて!』なんて言ったこともない」
「アホか! 授業前に困った顔の一つでも見せたらノートの2、3冊、すぐに集まるやろ!」
「でも、俺は何も言ってないよな? 理一、また最初の話に持ち込むつもりなの? 」
ん? と、桜木がわざとらしく口元に優しい笑みを作る。
そうすることで、人目を引く薄茶色の瞳が笑っていないのが際立って、背筋がゾクッとした。
人形のように整った美しい人の顔は、感情もはっきりとそこに映し出す。誤魔化していない分、逆に誤魔化せないほど、くっきりと濃く…
今日の理一は沸点が低い。
桜木も必要以上に煽ってるトコがあるけど…
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