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これがもしも恋をしている相手なら、ドキッとか、キュンだとか、学園ラブには必要不可欠なシーンになるんだろう。
でも私も、もちろん理一も、ちょっとやそっと触れたぐらいでは気にも止めない。妖精さんが今、通った? ぐらい微風レベルだ。
それよりなにより、お互いに気になるのは、理一の手元の方で…
「ハマってくれ」
ペンを走らせながら、理一が私の耳元で願う。
そのお腹の底から絞り出す苦しそうな声に、もらい泣きならぬ、もらい緊張で私の胃までキュッと縮む。
「音がなくても、来るものなの?」
それはいつも突然、降ってくる。私が知ってる限り、時と場所を選ばない。
「 …流れてる」
質問に最低限の言葉数で答えが返される。無愛想な割には、親切。それが理一だ。
「え? 聴いてたの?」
いつの間に…て、いつから?
「ん? いや、頭ん中で流れてる」
少し慌てているような雑なペンの運びで、サラサラと書き留めながらも言葉が足された。
あ! そういうこと、ね?
そらで辿れるほど何度も聴いたから、いつも頭の中で流れている、と…そういうことだろう。
理一は、意外と真面目だ。真っ直ぐというか…
頼まれたことは最後まで投げないし、掲げた目標には必ず結果を出す。
こういう大事なことにちゃんと向き合える姿勢は幼馴染みとか関係なく、人としてカッコイイし憧れる。自分もそうありたいと思う。
理一にある意味惚れ直して、私の方が嬉しくなって、でもまたそれが妙に気恥ずかしくて…
それがバレないように、誤魔化す。
「“台”だって恋もするからね? 彼氏できたら“台”は廃業するから!」
誤魔化すにしても、失敗だ。
自分で言っといてなんだけど、どこまでも負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
そう思うのも、去年と何一つ変わらない朝の、この安定の風景だからだろう。
理一と私は、何一つ変わってない。
子供の頃から、ずっと、このままだ。
「はいはい。それまで、どうぞよろしく!まぁ、ウタの恋は恋じゃないけどな~」
そして理一もまた、いつものように軽く流して、この話は終わり。
悔しいけど、何も言い返せない。痛いところを言い当ててるから…
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