一章 招待メール

2/4
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ
 夏の終わり、とはいっても残暑がまだ厳しい日。つまりは、他に言うべきこともないほど普通の日。俺は後輩とオフィスで二人、来週のプレゼンに向けて資料を作っていた。 「速水さん。これでどうですか?」  時計の針が夜九時を回った頃、後輩が資料を持ってきた。ざっと読んで、問題がないことを確認する。 「オッケーだ」 「ありがとうございます! じゃ、お先に失礼します!」  後輩は嬉しそうに笑みを浮かべると、一礼と共に挨拶を残して、慌ただしくオフィスを後にしていく。そういや今日はデートだって言ってたな。きっと大遅刻だ。怒られるんだろう。  ――けれど、怒られるってのはいいことなんだぜ。  思わず自嘲めいたことが浮かび、俺は苦笑した。  気にしてくれる人のいない場所で、俺はぬるくなったインスタントコーヒーを口に含む。  口の中に鈍く広がる苦みが、俺の意識を現実へと引き戻してくれた。  さて、もう少し頑張るか。  俺は後輩の資料を一旦脇にどけて「速水大樹(はやみたいじゅ)様」と俺の名前が打ってある封筒を開けた。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!