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黒の和装の女性をヒミコと呼んだのは、一人の青年だった。
「あんた、か。あてを止めはるとは、随分といい度胸どすな? ん?」
投げることを止めたヒミコは青年へ近づき、胸板の中心に人差し指を突き立てる。
「あの力を邪魔だと判断するのは早計だ、と。そう言いたかっただけだ」
「ほお、それはどういう意味かいな?」
ヒミコに促され、青年は言葉を続ける。
「力の詳細がわからないなら、邪魔になるよりもむしろ、ヒミコの計画の助けになるかもしれないだろ? だとすれば、まだ様子を見ていてもいいんじゃないか」
青年の説明を聞き終えたヒミコは、突き立てていた指を離してそれを唇に当てる。
「……一理あるさかい。どの道、この空間ももう完全に消えるし、今回はあんたの言葉に乗りましょか」
もうほとんど元通りの色を取り戻している街を見渡し、ヒミコは和服の袖をつかむ。
「ほら、さいなら」
そしてそれを靡かせるようにクルリと一回転すると、ヒミコは跡形もなく姿を消した。
それと同時に、街は完全に元通りに戻った。
「……ふう」
残された青年は、軽く息を吐いてから、ズボンの尻ポケットに入れてあるスマートフォンを取り出す。
電話帳から誰かへと通話を掛ける。
「ああ、俺だ。生存者を見つけた。二人分用意してくれ」
簡潔に用件を伝え、電話を切った青年は改めて隆侍の顔を見る。
その表情は、品定めをしているようであった。
「……赤渕隆侍。果たして、これが吉と出るか凶と出るか……」
そう呟いた青年は、静かにその場から立ち去ったのだった。
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