第1章

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 静かというのは無音という意味ではなくて、 ただ、眠りに落ちるギリギリのたゆたう頃合。  ああ、私は眠るのだ。何もかも温かい。 この肩から胸まで袈裟懸けに斬られた傷口も。  溢れる血に感動すら覚える。私にも沢山の、 血が流れていたのだな。いつかは私に血より、 ドロドロした、汚泥が流れいるのだと思って。  いや、戯言である。ぼんやりしてきた。  湧き出る事を兌と言うと聞き覚えているが、 その意味は知らないのだ。兌は湧き水の如く。  それは命の灯火だが、死にゆく血飛沫も又、 温かいものだと思っていた。私は死ぬのだな。  斬り込みにあった時に、我が手勢は二十数。 階段下から駆け上がってきた、公儀の犬共は、 僅かに四人だと思った。  芋のような顔の巨躯の男が私を貫いた時に、 彼の名前も素性も知らぬが、それが野獣の牙。 その重み痛み、暖かみだけは理解したのだ。  虎徹。命の境界。  刀は玩具ではない。命を……。階段の境界。 そうだった。私は死ぬのだ。この階段の上で。 己が刀を抜く暇も無く。我が刀は泣く事なく。  北添佶摩。その命、虎徹によるものか、 はたまた、自害したものか。享年三十。  ―― 本山七郎。夏を想ひて。
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