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静かというのは無音という意味ではなくて、
ただ、眠りに落ちるギリギリのたゆたう頃合。
ああ、私は眠るのだ。何もかも温かい。
この肩から胸まで袈裟懸けに斬られた傷口も。
溢れる血に感動すら覚える。私にも沢山の、
血が流れていたのだな。いつかは私に血より、
ドロドロした、汚泥が流れいるのだと思って。
いや、戯言である。ぼんやりしてきた。
湧き出る事を兌と言うと聞き覚えているが、
その意味は知らないのだ。兌は湧き水の如く。
それは命の灯火だが、死にゆく血飛沫も又、
温かいものだと思っていた。私は死ぬのだな。
斬り込みにあった時に、我が手勢は二十数。
階段下から駆け上がってきた、公儀の犬共は、
僅かに四人だと思った。
芋のような顔の巨躯の男が私を貫いた時に、
彼の名前も素性も知らぬが、それが野獣の牙。
その重み痛み、暖かみだけは理解したのだ。
虎徹。命の境界。
刀は玩具ではない。命を……。階段の境界。
そうだった。私は死ぬのだ。この階段の上で。
己が刀を抜く暇も無く。我が刀は泣く事なく。
北添佶摩。その命、虎徹によるものか、
はたまた、自害したものか。享年三十。
―― 本山七郎。夏を想ひて。
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