LOT.3 九条亜沙美

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 それを聞いた彼は、楽しそうに笑いだした。 「そうか、そうだよな」 「奥さまを、連れて行ってあげればいいのに」  でも彼の薬指に光る指輪に目をやりながら言った私のひと言が、その笑みを消した。  彼は小さなため息をひとつ吐いたあと、私の目をじっと見つめた。 「キミは、人を愛したことがあるかい?」  それは、予想もしていなかった言葉だった。 「俺は、これまで一度もないんだ」 「じゃあ、なぜ結婚したの?」  その問いかけに、一瞬言葉を失った彼は、ばつが悪そうに顔をそむけた。  彼の細いけれど鍛えられた筋肉のついた身体も、今私に見せている端整なその横顔も、美術品のように無機質な美しさを感じさせる。 「俺が結婚したのは、仕事のためだよ」 「仕事の、ため?」 「社長令嬢だった彼女と結婚したのは、今の地位を築くためだった」  彼は、さっきよりも鋭い目で私を見た。 「それ以外に、俺が結婚をする理由なんてなかったんだ」
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