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それを聞いた彼は、楽しそうに笑いだした。
「そうか、そうだよな」
「奥さまを、連れて行ってあげればいいのに」
でも彼の薬指に光る指輪に目をやりながら言った私のひと言が、その笑みを消した。
彼は小さなため息をひとつ吐いたあと、私の目をじっと見つめた。
「キミは、人を愛したことがあるかい?」
それは、予想もしていなかった言葉だった。
「俺は、これまで一度もないんだ」
「じゃあ、なぜ結婚したの?」
その問いかけに、一瞬言葉を失った彼は、ばつが悪そうに顔をそむけた。
彼の細いけれど鍛えられた筋肉のついた身体も、今私に見せている端整なその横顔も、美術品のように無機質な美しさを感じさせる。
「俺が結婚したのは、仕事のためだよ」
「仕事の、ため?」
「社長令嬢だった彼女と結婚したのは、今の地位を築くためだった」
彼は、さっきよりも鋭い目で私を見た。
「それ以外に、俺が結婚をする理由なんてなかったんだ」
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