LOT.3 九条亜沙美

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「明日シンガポールへ行かなきゃならないから、俺は先に出るよ。向こうに新しいホテルを建設するんだ」  鏡に向かって皺ひとつないワイシャツにネクタイを巻きつけながら、彼がそう言った。  私はベッドでシーツにくるまったまま、さっき彼からもらった名刺に視線を落とす。  聞き覚えのある大手企業名の下に、彼の役職と名前が記されていた。  ゼネラルマネージャー   General manager   桐谷 真佐人  Masato Kiriya 「どんなホテルを建てるの?」  彼の背中に向かって訊いた。  するとネクタイを結び終えて振り向いた彼は、得意げに手を広げながら答えた。 「大きくて豪華なホテルだよ。客室は800以上あって、フレンチやイタリアンレストラン、それにスパの施設も入ってる」  話を続けながら、彼はベッドサイドに腰を下ろした。 「宿泊価格はリーズナブルに設定して、それを中堅ホテルが建ち並んでいるエリアのど真ん中に建てるんだ」  そこで彼は、不敵な笑みを浮かべた。 「彼らが集めた客を、根こそぎいただこうって訳さ」  そう言ったあと、声をあげて笑った。  彼がそういう合理的思考を持ち合わせた男だということは、オークションのときから分かっていた。
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