プロローグ

5/11
前へ
/72ページ
次へ
「あの、吉田くん。」 本を見つめながら廊下に聞き耳を立てていたせいで、目の前に女性が立っていたことに気がつかなかった。 途端に、やけに鼻につく香水の香り。 一瞬で気づいたが、本から目をそらしてみると、やはりこの女。英語の教師であり、生徒指導の担当でもある、木下だ。 なにに影響されたのかは一目瞭然、真っ赤なジャージがアイデンティティーの自称熱血教師。目がくりっとしててやや童顔であること、学園一若い教師という称号、それから本人の一番押し出しているジャージのおかげで、入学当初こそ生徒から人気があったものの、あまりにきつすぎる香水のせいで一部の女子から批判が殺到、そして最近は人気低迷中。 もちろん本人は、自分が人気教師だと信じて疑わない様子である。 「吉田くん、聞いてるの?ブレザーのボタン、閉めなさいよ。」 私はかなり焦っていた。実は、この窓際で逆ナン待ちをしてからというもの、これが初めての来訪者であったのだ。 もしかしたら、初めこそ衝突したものの、少しずつ距離を縮めてゆき、やがて教師と生徒という禁断の恋に熱を上げて行くのかもしれないのだ。 彼女もルックスはそこそこ悪くはない、もしかしたらということもあり得るのだ、いや、あり得るべきなのだ。ここは慎重に、男気があり、かつ、年上の女性の母性本能をくすぶるような返答を速やかに出さなければならない。 しかし、すぐに、「バン!」という大きな音が鳴った。彼女が、私の机を思いっきり叩いたのである。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加