幽愛

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いつも通りの仕事をこなしいつも通りに帰宅する。毎度毎度変わらない日々だけど、それが1番だと思う。人間は維持するという事が1番難しい事だから。とか思ってみたり。 風呂に入って夕飯の支度をして、さぁ発泡酒を開けるかと、プルタブに爪を掛けた所でテーブルの上のスマホが震える。 「誰だよこんな時に。1日で1番の至福の時間だぞ?」 画面を確認して溜息をつく。またか。またなのか。 スマホの画面をスライドして耳に当てた所でドッと冷や汗が出た。 「もしもし?大変なの!あの子が……あの子が…」 何でだ。確かにアイツの携帯からの着信、画面にもアイツの名前。なのに電話の向こうから聴こえる声はいつもの気だるげなアイツの声じゃない。 「もしもし?どうしました?アイツのお母さん……ですよね?何が…何があったんですか?」 心臓が脈打つ音が聴こえる。上手く息が出来ない。分かってる。ただ事じゃない。認めたくないけどアイツの母親はそんな冗談を言う人ではない。 「仕事の帰り道に…車が……今ウチの近くの総合病院で…」 言葉の合間合間に嗚咽が入り交じっている。 あの気丈で優しかった人がマトモに喋れていない。もうダメだ。居ても立ってもいられない。 「総合病院ですね、すぐに…すぐに行きます」 俺は携帯と財布だけを握り締めて、家の鍵を掛けることも、出しっぱなしの飲み物もそのままに急いで飛び出した。
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