一章 曇り空は雨にならない

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 理由は、たくさんあった。  例えばそれは、酒癖の悪さだったり。  例えばそれは、女癖の悪さだったり。  例えばそれは、金銭感覚のなさだったりした。  でも、どれが決定的なことになったのかは、わたしにももうわからない。  ただ――もう無理。  一度そう思ってしまうと、後は何があっても、そこに帰るばかりで。  彼の言葉はなにも聞こえなくなっていたんだと思う。  もし、彼の言葉をきちんと聞いていたら。  もし、きちんと向き合っていたら、違う未来があったかもしれない、なんて時々思う。  けれどそれは、夢にも見ない、選べなかった未来。  現実は、わたしの家族は一人減った。  五歳になる息子だけが、今のわたしのたからもの。  寂しさを埋めるように始めたSNSにのめり込み、アバターにお金を費やした。  グループも主催を始めた。 『LOVE広場』なんて、わかりやすい名前で人を集める。  すぐに、寂しさを埋めたい人たちが参加してくれた。  わたしはたくさんの友達を得た。  友達たちが、ネット上のカップルになって、心を埋めていくのを眺める。  悪い気分じゃなかった。むしろ、いい気分と言っても間違いじゃない。  カップルになった人たちはみんなわたしに感謝してくれた。  それは純粋に嬉しかったし、現実ではわからない、自分が必要とされている感覚が楽しかった。  ただ、わたし自身は、心に薄い雲がかかったように、何もしなかった。  管理人だから、と告白も全部断った。  キラキラと輝く場所を笑顔で管理する、現実から逃げだした女――  それがわたし。  あ、名前を言っていなかった。    わたしはヒラ。  ただのヒラ。    それでいいの。  わたしの本当の名前を呼んでくれる人は、もういないのだから。  わたしも、呼ばれることを望んでいない。  だからわたしは――ヒラ。
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