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嘘をついた。
「好きな人ができました。」
呼び出した喫茶店で、向かい合わせに座る。
いつもは、紅茶を頼む葉月だが、
今日は杉崎と一緒の、コーヒーを頼んだ。
運ばれてきたコーヒーの香りが、杉崎への想いを強くする。
それでも、言わねば前に進めない。
心のどこかに、俺もだと、敬治さんが言ってくれるのではないかと期待があった。
もしも、その相手が、真理子さんだったなら、おとなしく身を引こう。
しかし、杉崎の反応は違っていた。
「誰だ?そいつは。」
一瞬だけ、颯の顔がよぎった。
「敬治さんの知らない人です。」
「・・・・そうか。颯じゃないのか。」
葉月は、何も言えずに黙っている。
「あいつなら、仕方ないと思ったんだがな。」
ハッとして顔を上げる。
どういう意味ですか。
杉崎の言わんとしていることが、まるで解らない。
「敬治さんこそ。もう私には・・・」
自分の口から言うことは、どうしても出来なかった。
杉崎の視線が、優しくなったような気がした。
「わかった。」
と言うと、杉崎は立ち上がった。
葉月は、座ったままテーブルの上の残ったコーヒーを、ただ眺めていた。
思っていた以上に、別れはあっけなく、葉月の心は、凍った水面のように、何も感じなかった。
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