第2章 春疾風 ~花吹雪の中で~  

4/7
前へ
/108ページ
次へ
嘘をついた。 「好きな人ができました。」 呼び出した喫茶店で、向かい合わせに座る。 いつもは、紅茶を頼む葉月だが、 今日は杉崎と一緒の、コーヒーを頼んだ。 運ばれてきたコーヒーの香りが、杉崎への想いを強くする。 それでも、言わねば前に進めない。 心のどこかに、俺もだと、敬治さんが言ってくれるのではないかと期待があった。 もしも、その相手が、真理子さんだったなら、おとなしく身を引こう。 しかし、杉崎の反応は違っていた。 「誰だ?そいつは。」 一瞬だけ、颯の顔がよぎった。 「敬治さんの知らない人です。」 「・・・・そうか。颯じゃないのか。」 葉月は、何も言えずに黙っている。 「あいつなら、仕方ないと思ったんだがな。」 ハッとして顔を上げる。 どういう意味ですか。 杉崎の言わんとしていることが、まるで解らない。 「敬治さんこそ。もう私には・・・」 自分の口から言うことは、どうしても出来なかった。 杉崎の視線が、優しくなったような気がした。 「わかった。」 と言うと、杉崎は立ち上がった。 葉月は、座ったままテーブルの上の残ったコーヒーを、ただ眺めていた。 思っていた以上に、別れはあっけなく、葉月の心は、凍った水面のように、何も感じなかった。
/108ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加