第2章 春疾風 ~花吹雪の中で~  

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研究室から見下ろす桜が色づき始めた。 葉月は、ずっと頭の中に霧がかかっているような気分でいた。 いつもは、心浮き立つ時期なのだが、今年はそんな気分にはなれない。 宵闇に浮かび上がる夜桜の方に、なんとなく心魅かれた。 火を放てば、あの人と会えるというなら、お七のようにこの地を焼き払ってしまおうか。 そんなことを思いつく自分が怖いと、笑ってしまう。 特に何をするでもなく一週間が過ぎた。 沈んだ気持ちに、とことん浸ってしまうと、少しずつ浮上することが出来た。 このままじゃ、ダメだよね。 「よしっ!」 葉月は、自分を奮い立たすように、台所に立った。 30分後、ボールには山盛りのマカロニサラダが出来ていた。 「ふっふっふ。」 その出来に満足しつつ、タッパーにサラダを詰める。 携帯ポットにお茶を入れて、準備万端。 今日は花見をしよう。 葉月の、気持ちを後押ししてくれるかの様に、陽射しはうららかだった。 キャンパスを縁どるように、桜の木が植えられている。 葉月は、研究室のある4階から見えるお気に入りの場所に陣取って、一人用のシートを広げていた。 建物の影になっていて、人はあまり通らない静かな場所だ。 来る途中、あちこちの桜の木の下で、弁当を広げている学生達がいた。 「青春だなぁ。」と呟く自分も学生なのだと、一人笑う。 タッパーを取り出して、お茶を注ぎ、食べ始めた。 時折、桜の花びらが、ひらりひらりと舞い落ちる。 いろんな想いが頭を巡る。 「あ、そっか。」 「・・・だよね。」 つい出てしまう独り言に、可笑しくなる。 ふぅと息を吐き出すと、木の幹にもたれかかる。 揺れる花盛りの枝を眺めつつ、ほのぼのとした陽射しの中、いつしか葉月の頭の中は空っぽになっていた。
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