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カラン。
呼び鈴の音に、カウンターに居たオーナーシェフの佐々木善次郎(ささき ぜんじろう)が顔を上げる。
「いらっしゃい。いつものでいい?」
「あ、はい。」
頷いて、カウンターの一番端の席につく。
飴色の椅子とテーブルに、白いテーブルクロスの清潔感が落ち着く、心地良い店だ。
「ハンジ!スペシャル、一つだ。」
厨房の奥から、明るい茶髪の頭が揺れ、目が合う。
おまえか。
目がそう語っている。
以前、オーナーが
「半次郎(はんじろう)のハンジじゃない。こいつはまだまだ半人前って意味ののハンジだ!」
と話していたのを覚えている。
ずいぶん古臭い名前だと思ったが、善次郎が孫の半次郎の名は幕末の志士からとった。佐々木という苗字も、かの有名な剣豪の血をひいているからだとか、嘘とも本当ともわからないような話をしていた。
じっくり話した事はないが、オレと同じくらいの歳だろう。
いつも睨むような目つきで、いけ好かない野郎だが、出される料理はめっぽう旨い。
以前、女の客に猫なで声で、話しかけてたのを見たことがある。
軽そうで、気に食わない野郎だ。
手元にある雑誌をパラパラめくりながら、颯は料理を待った。
それでも、料理は、文句なく旨かった。
「ごちそうさまでした。」手を合わせて小さく呟く。
小さい頃からの癖で、どうも抜けない。まあ、やめる気はないんだが、だいぶ前に部のメンバーで食事会という名の合コンに出たときに、初対面の女に笑われた。
どうってことなかったが、それ以来、見知らぬ奴と食事する度に相手の反応が気になった。
この前は、そうだ。
あいつとメシくったっけ。
マカロニサラダ、どんだけ食うんだっていう量で。
あれ、美味かったなぁ。
満腹になった頭に、どうでもいいような事が浮かんで、思わず笑った。
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